歩く歩く

末永泰三のブログ。旅好きが興じ、働きつつ長期滞在し数カ国を巡った体験を基に日々の気づきを綴る

突然だが皆さんは話題のテレビ番組”クレイジージャーニー”を見たことはあるだろうか?

このテレビ番組は冒険家達の「これテレビで流していいんだろうか?」と思わず唖然とする旅の映像──スラム街や辺境 の圧倒的な現実を見せつけて大きな反響を呼んでいる。何と、あの小泉進次郎衆議院議員にまで「あの番組大好きなんですよ」と言わしめたほど。
 
しかしながら紀行もののノンフィクション好きな私としては「テレビが、そんなにウケている ならば、本のクレイジージャーニーも」という思いがふつふつと。というわけで今回は私の独断と偏見で”クレイジージャーニー”に負けないクレイジーな旅の本を5冊ご紹介。
 
ミャンマーという国を知るために


「アヘン王国潜入記」高野秀行
 
私にとっての元祖クレイジージャーニーと言えばこの本。

ミャンマーの国境周辺は、幾多の少数民族が自らの軍隊をもち自治する領域。無論、外国人は入れない。少数民族はビルマ人 側である中央政府と対立または複雑な関係にある。高野秀行氏は、その中でも当時のアヘン作 りのメッカ、ワ州に潜入しケシの種まきからアヘン収穫まで体験───だけでなく、おまけでアヘ ン吸引にもハマってしまいアヘン依存症に。
 
一見、笑い話のようで実はこの本、ワ州を通してミャンマーの歴史、政治、社会が、わかりやすく 説明されており、“アウンサンスーチー”、“民主化”、“黄金のパゴダ”などの漠然としたイメージ以上 のミャンマーを知る教材として最適。
 
そして、実はこの本を読むと、次に紹介する井本勝幸著「ビルマのゼロファイター」が理解しやす くなる。
 
こんな日本人が本当にいるの?

「ビルマのゼロファイター」井本勝幸
 
前述の「アヘン王国潜入記」と重なるがミャンマーの政府側と対立する少数民族側は不利な立 場にある。政府と交渉するためには少数民族同士の団結が必要不可欠。そんな中、組織に所属 せず自費で少数民族エリアに入り要人達と会い酒を酌み交わし信頼を得て民族同士の横の連携をとるためのパイプ 役となった人物がいる。
 
何とそれが日本人。なんだか昔の英雄伝──例えば坂本龍馬とか──を聞いているようだが、今、現在活動中の方の話である。この本は、その人物、UNFC(統一民族連邦評議会)のコンサルタントの井本勝幸氏自身による活 動記録。
 
もともと井本氏は難民支援NGOスタッフで僧侶だったとのことだが、信頼を得るために、僧 侶という立場まで一時辞してことに当たっていると言う。宗教家とかNGOなど枠組を超えた スケールの大きさを感じずにはいられない。
 
そこまで介入していいんだろうか?



 
「神の棄てた裸体」石井光太著

「いずれその場を去ってしまう外国人が、そこまで介入していいのかな?」と読んでいるこちらが 時として違和感さえ感じ、ハラハラするのがこの本。石井光太氏はイスラム社会における性、特に タブーとされるような部分にスポットを当ててアジア各地をさまよう。娼婦、婚前交渉、同性 愛、名誉殺人など。多くの場合、現地で雑用などの仕事をしながら地域の底辺にいる異端の人々と 交流。
 
ともすれば青臭いとも感じられるような倫理観で当事者と関わる姿勢に賛否はあるだろうが、傍観者にはなるまいとした覚悟と勇気は真似できない。

小さいことで悩んでたなと思える本


「アジアパー伝」西原理恵子、鴨志田穣


映画化もされた大ヒット漫画「毎日かあさん」の著者西原理恵子氏の漫画と、その伴侶で戦場ジャ ーナリストで作家の鴨志田穣氏(故人)の文章の二つで構成。

内容はまだまだカオスだった時代のタイを中心とする東南アジアでの鴨志田氏と怪しげな人々とのトホホな交流。抱腹絶倒のエピソード満載。例えば、鴨志田氏が戦場ジャーナリストとして弟子入りして初めての現場。シャリムアップでポルポト派の市街戦が起こりそうな場所へ行き、今日は戦闘はないだろうとタカをくくって大麻スープを飲んで酩酊状態に。ところが、いきなり戦闘がはじまってしまい大麻がキマっている状態で、生まれて初めての実弾が飛び交う戦場で、生まれて初めてビデオをまわす。まさに名前通り「アジアパー伝」!

就職先が決まらなかったり、会社で大失敗したり、誰かにフラれても、この本を読むと「何か小さいことで悩んでたな」と思えるかも。

 
ベテランバックパッカーが辿る若きバックパッカーの旅路

「香田証生さんはなぜ殺されたのか」下川裕治

今年2015年のはじめ日本人がテロリストの手によって人質にとられ犠牲者となる痛ましい事件 があったことは記憶に新しい。

しかし実は2004年にも似たような事件があったのを覚えているだろうか。犠牲者でありながら彼は同情よりも大きな批判に曝される。理由は、その直前に日本人が人質にとられようやく解放されたばかりなのに、ジャーナリストでも何でもない単なるバックパッカーが危険とわかりきっている国へ入国したからだ。
 
この本は、著者の下川裕治氏がクレイジーな旅をしているわけではないのでちょっと番外編である。 香田証生さんは、おそらく、ここで紹介した旅の達人たちのようにクレイジーな冒険を完結させた かったのかもしれない。しかしついぞ帰ることができなかった彼の旅の軌跡を、ベテランの旅人下川氏が丹念に辿りる。全編に漂うのは旅と共に生きてきた下川氏の香田さんに対するシンパシー。

* 

いかがだっただろうか?  
暑い夏の夜、映像とはまた違った文章のクレイジージャーニーを味わってみては。

代々木タイフェス

*2015年代々木公園タイフェスにて。


ああ、ちょっと忙しいと思ってブログ更新を怠けていたら、いつのまにかこんなに間が空いてしまった。

週1〜2更新などと初回でうたったが、最近ちょっと忙しいので、これからは不定期にしたい。読んでくれている皆さんご勘弁を。


ところで、前回のブログで紹介した代々木のタイフェスに行ってきたので、タイフェスから感じた色々を書いてみたい。
 

まず一番目に印象に残ったのは、集客力。この手の各国フェスでは最大ではないか?

二番目は、日本人が喜んでぱくぱくタイ料理を食べていること。イベントの顔は何と言っても、東京近郊のタイ料理レストランが腕によりをかけて出している屋台だと思うが、タイ料理も日本人にこんなにも受け入れられるようになったか、と感慨深かった。

1990年代のことって皆さん覚えているだろうか? タイ料理はまだまだマイナーで「辛過ぎて食えない」とか「あのパクチーの匂いが受け付けない」等と感想を持つ人も多かった。今や激辛ファンは多いし、辛くないタイ料理があることも知られたし、パクチーも大好きなんて人も多い。それにコリアンダー(英語)という言葉ではなくてパクチー(タイ語)という言葉が定着したこともすごい。タイ料理は日本人にとって外食の選択肢の1ポジションを占めたなと実感した。

そして今年のタイフェスのテーマは「米」だそうだ。1993年には日本が米不足でタイに要請してタイ米を送ってもらったのにも関わらず、どっかの馬鹿が公園にタイ米を捨てたりしたこともあった。詳しくはwikiで1993年米騒動のページを読んでみるといい。ひどい話しだが、このフェスティバルが始まったのは、そのようなタイ米に対する無理解を払拭する目的もあったとのことだ。まあ、タイ米を日常的に口にする人は少ないにしても、今やタイ料理ファンも多いしタイへの観光客も多くフェスティバルの趣旨にそって目標は達成されたのではないだろうか。

三番目は、タイ人以外にも在住外国人達が多く集まっていたこと。来場者の三割は確実に外国人がいた、ことによったら四割いたかもしれない。で、外国人と日本人のカップルや夫婦も多かった。何か、あと半世紀たったら、日本国籍を持つ人々の外観は、極端な話、ラテンアメリカのように相当に多様化するんじゃないだろうか? 今のように東アジア的な外見の人々は少数派になったりして。


さて、今度の土日には、代々木公園でラオス・フェスティバルがある。実は東南アジアのビールの中で、私の最も好きなビールはラオスのビール「ビア・ラーオ」である。皆さんも行く機会があったらぜひビアラーオぜひ飲んでみて下さい。


 

最近、ちょっと好奇心をそそられて「タイ・フェスティバル」についてネットで調べていた。

知らない人のために言っておくとタイフェスティバルはタイ大使館主催の野外文化イベントである。当日はタイ料理レストランやタイの雑貨を扱う店などが屋台を出しステージではタイの伝統舞踊やタイ音楽の生演奏などのショーが見られる。いわば日本にいながらにしてタイが味わえるイベントである。今年ももうすぐ五月の連休後に開かれる。

ところで「タイ・フェスティバル」が行われる代々木公園のイベントスケジュールを見ていたら革命的な発見してしまった。それは、何と代々木公園では、ほぼ月一回ぐらいは、どこかの国の大使館主催でその国のフェスティバルが開かれるということである。特に春から夏にかけてはインドシナ・ラッシュだ。

実はこの記事を書いている今日と昨日4月25、26日もカンボジア・フェスティバルが開かれていて、もう終わったが時系列で見ると以下の通り。

2015年
4月25、26日 カンボジア・フェスティバル
5月16、17日 タイ・フェスティバル
5月23、24日 ラオス・フェスティバル
6月13、14日 ベトナム・フェスティバル

これマジ、ヤバくないスか? 
いつの間にこんなに各国フェスティバルが行われるようになっていたのだ?
春に各週ぐらいのペースで週末代々木公園に出かけるだけでインドシナ一周できちゃうじゃないか!

何か個人的には、スタンプラリーとか夏休みの朝のラジオ体操みたいに、各国のイベントに全部参加する意気込みのある人にカードを配り、参加するごとにスタンプあげたいくらいである。そして全部の国のスタンプを集めた人には抽選でHISがどこかの国かへの往復航空券をプレゼント。外務省の役人さん、各国との友好促進に、こんなアイディアどう?

ちなみにミャンマーは代々木ではなく例年そして今年も増上寺で、日程は11月28、29日に開かれるようである。他にも、インドネシア、ブラジル、インドなども代々木公園でフェスを開く。詳しくは代々木公園のイベントで検索してみて。

↓というか、こんなこと書いている矢先にこんな便利なサイトもあった↓ 来週末もモンゴルのフェスが!もうGWに海外へ行く必要なし!

国際イベント・フェスティバル 各地の国際イベント&フェスティバル情報のまとめ

しかし代々木公園のスケジュールを見ても圧倒的に多いのがやっぱりタイ関連のイベントで、ソンクラーン、タイフェア、ロイクラトンなど。タイはやっぱりお祭り好きだね。それに自分達の文化をうまく観光資源にして外国人に参加させて楽しませる術に長けていると思う。例えばチェンマイの観光客ができることを並べてみると、トレッキングなど山でできるアウトドア活動一通り、象に乗るツアー、少数民族の村を訪ねるツアー、スパ・マッサージ、ムエタイ観戦、本物の銃の射撃、タイ料理教室、タイ語教室、もちろんこれ以外にも寺院見学とかがあるわけで能動的に参加できるものが多い。観光客がリピートしても飽きない理由の一つでしょう。

話がすっかりそれてしまったが、各国のフェスティバルが代々木公園で頻繁にあることについては、たぶん、代々木公園の近くに住んでいる人とかイベントをマメにチェックしている人はそんなの「今更気づいたの?」という感じかもしれないが、東南アジア好きの私としては「オイオイ、すげ〜発見しちゃったよ」という鬼の首をとった勢いの大事件だったのである。

関東在住の皆さんも先ほどのサイトでもチェックして週末、異国情緒を味わうのもいいかも。暖かくなってきたことだし。

最後にタイ・フェスティバルについて情報を集めているうちに見つけた動画を紹介。
2012年のタイ・フェスティバル代々木公園のステージから、私もwiki読み囓っただけだが、察するところタイのボブ・ディラン、ボブ・マーレーとかそんな位置づけのミュージシャンではないだろうか、タイの大御所ロックバンド「カラバオ」のオープニング。在日タイ人の人々から相当リスペクトされている感じ、ひしひしと伝わってくる。興味がある人はライブ全部を収録しているものもYouTubeにあるようだ。見てみるといい。








 

タイに長期滞在していた時の話。

セブンイレブンで私はレジに並んでいた。目の前には、どうやら日本人観光客らしい奥様が二人いて商品を数点買うところだった。レジのタイ人のごく普通の女の子が普通にレジを打ち普通に袋に商品を入れていた。私の目には何の違和感もなかった。

ところが日本人の奥様が、レジの彼女を見下ろすようにして日本語で吐き捨てるようにこう言った。

 

「ほんと、可愛そうになるくらいに、おっそいわねえ」

 

もう一人の奥様もそれに同調。レジの彼女はもちろん日本語なぞわからない。が、何となく毒づかれているのは感じてはいたかもしれない。まあ、そうであったとしても彼女には知ったこっちゃない話である。

 

この出来事と私の感覚は真逆だがリンクする。

私はしばらく海外に住んでいて日本に戻ると、まずコンビニのレジ店員のスピードに驚く。これは冗談とか誇張抜きで、ビデオの四倍速再生を見ているような気分になるのだ。

なぜに皆、こんなに一生懸命にやっているのだ?

しかも二組以上並ぶと品物を並べている店員がすぐに「小走りで」かけよってきて、もう一つのレジを開けて「お待ちのお客様どうぞ!」と声をかける。他の、おそらくどんな国でも、二組しか並んでいない状態で慌てて駆け寄ってきてまで、レジを開ける店などない。

 

もう一つシンガポールでのセブン・イレブンの例をあげてみよう。

 

深夜に24時間営業のセブンイレブンに入ろうとすると入り口に鍵がかかっていて入れない。中はディスプレイやライトで煌煌と光っているのに。あれ、おかしいな思っていると、多分シンガポール人ではなく外国人の出稼ぎ労働者だと思うが、店員がやってきて無言で入り口を解錠し、何ごともなかったかのように営業を再開。

 

要するに「すき屋」と同じ、深夜のワン・パーソンのオペレーション。本当は店から離れてはいけないのだろうが私的な用事かタバコでも吸いたかったのだろう。で、勝手に店に入られ万引きされても困るから鍵をかけて外出というわけだ。ご存じのように、こんなことは日本のコンビニではあり得ない。しかも彼からはソーリーの一言なんて勿論無い。私もこの頃は慣れてしまっていて、ああ戻ってきてラッキーぐらいの気分で彼は謝罪すべきだ等という発想すら起こらない。実際そんなものだ。


一方、日本では「コンビニ店長土下座事件」とかが起きちゃっている。どう思います? この差。私は、シンガポールで店員の彼が戻ってきて何事もなく鍵を開けた時、なんか笑いがこみ上げてきた。だって滑稽なほどに二つの国のサービスが違うから。
他の国で日本ほど愚直に従順に働くサービス業の雇用者は見たことがない。でも、私は思う。これって良いことなんだろうか?

 

で、さらに「おもてなし」などという言葉がはやって日本人自身がそのようなサービスを誇りに思ったりしている。でも、考えてみたらわかる。おもてなしを受ける分にはいいが、おもてなしをする側は普通のサービスより、多くの労力を払うことになる。でも、その日本人の「おもてなし」とやらは誰に担保されているのか? サービス業第一線で働いているのは学生バイトやフリーアルバイター、主婦のパートタイマーだ。そして彼ら彼女らの多くは時給制で賃金を得ている。

 

私も勿論アルバイトしたことがあるが日本人のアルバイトは言われたことを従順にこなすし「遅い」と言われれば急ぐ。一年もやっていたら仕事も早くなって仕事を始めた頃の二倍ぐらいで仕事をさばくようになる。でもその間に時給はいくらあがるかと言えば100円とか200円あがればいい方じゃないいだろうか。日本人のほとんどの人は、こういう発想はしないかもしれないが、私だったらこう考える。一時間に二倍の仕事の量ができるようになって100円しか上がらなかったら、その人の時給は逆に下がったことになると。女性の管理職が増えない理由も同じ理屈だろう。要は中途半端な幹部になったところで自分の労働が今より安く買い叩かれるだけだからだ。

 

何を言いたいかと言えば、たぶん他の国の人達は、チップをもらえるわけでもない、歩合制でもない、能力給でもない、ましてや大した昇進があるわけでもない仕事に命をかけて働く日本人が奇異に映っていることだろうということである。もちろん観光客として来てサービスを受ける分には嬉しいだろうが、なぜあんなにも、ボスの言うことに従順で愚直に働くのかは不思議に思っているし、もちろん自分がそんな立場になりたい等とはまったく思わないだろう。

10年前の日本のレストランやコンビニを考えてみよう。この10年間に彼らの仕事がどれだけ増えただろう? 一方時給はどうだろう? 

 

他の多くの国でそうだと思うが、他人の言うことに従順な人間は、尊敬の対象にはならない。馬鹿かメンタルが弱いと思われるだけだ。サッカーの日本代表の外国人監督達が異口同音に選手に言うこととよく似ている。「メンタルが弱い、もっとずる賢くならないと」。

 

「おもてなし」という言葉を流行った時、大手のサービス業のCEO達は嬉々としたことだろう。「よっしゃこれからはおもてなしだ! 従業員に仕事させる(コキ使う)いい口実できたわ!」彼らは「おもてなし手当」なんてつける気はさらさらない。同じ時給で今までやらせていたことも減らすことはせずにさらに一時間の仕事の密度を詰めて行く。スーパーの総菜の投げ売り。パック入れ放題セールにいそしむ主婦のようにギリギリまで詰め込む。それを負担するのは誰だろう? 滝川クリステル氏が可愛らしくささやく「お・も・て・な・し」なんて言葉はサービス業で非正規で働く者にとっては悪魔の呪文のようなものだ。そこに若者は気づくべきだろう。
 

他の、たぶん殆どの国で他人に従順に従うことは美しいことでも何でもない。そんな物は家族や恋人や特別な人間のためにとっておけという話である。

今日はネット記事を読んでいて「おっこれはオレも興味のある話題だった」というのがあったので記事をネタに話をしてみたい。

 

まずは下のリンクを参照して読んでもらいたいだが、読む暇のない人のために、この記事の内容を一言で言えば「日本人は雑談と見知らぬ人と話すのが苦手だ」という話である。ちなみにタイトルに韓国人がどうたらと書いてあるが、その部分はそんなに記事の中でのウェイトはない。

 

◇堀尾正明アナ「雑談術」 【第5回】日本人より、イタリア人がモテて、韓国人が英会話の上達が早い理由

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42471

 

ところで最近、和歌山で捕まったイタリア人がいたが、あれは実はジローラモじゃないのか? なんか言い訳がジローラモ臭いんですけど。 


◇電車内で女性にキスして逮捕のイタリア人 「あいさつのつもり」という弁解は通るのか

http://www.j-cast.com/2015/03/06229735.html

 
 

というのは冗談で別人。ただ「だから日本人は」と偉そうな上から目線フレーズがムカついたので変なイタリア人の例も出しておいた。
まあ、とはいえ基本的には、この記事(雑談の話の方)の言っていることは、大雑把に言ってそんなに間違っていないと思う。日本だって関西は違うだろうし、東アジア、東南アジアのどの国でもそんなに雑談するか? と言われると多少疑問はあるが、日本人ほどは躊躇しないのではないかと思う。

 

またイタリアの話に戻ってしまうが、ちょっと昔「イタリア人は隣に女性が座ったらナンパするのが礼儀」などという噂をよく聞いた時期がある(もしかしたら元ネタはジローラモ? あ、辻褄があう。それっぽい気がしてきた)。その真偽はともかくとして、この噂の始まりは、日本人の見知らぬ人との雑談に対する捉え方とイタリア人との差が根っこにあるような気がしている。

 

ジローラモが記事の中で「失礼だ」と言っているように隣に座った人に関係のない顔をして無言でいるのはニュートラルな態度とはとられず「失礼」にあたるのだろう。イタリアでは笑顔で雑談の一つもするのが礼儀ということではないだろうか? 逆に多くの日本人は見知らぬ人にそもそも話しかけるという発想がない。特に話者が異性間だったりとすると、むしろ話しかければ怪しまれるのでないかなどと躊躇する。まったく真逆の発想である。

 

おそらく日本以外の多くの国で(ラテン気質のイタリア人ほどではないにしても)雑談は、信頼を、つまりお互いが敵ではないことを確認する作業なのだと思う。昨今の日本人は話しかけるのが逆に変な奴だと捉えられると考える。そして、おそらく自分から話しかけるのは面倒臭いとか損と考える人も多いかもしれない。

 

しかし例えば日本でもビジネスの世界では取引先の人とゴルフをやったりする。一見無駄なように見えて取引に直接関わる内容だけの話だけでは、総合的な相手のパーソナリティがわからないからあのようなコミニケーションが必要になるのだろう。あるいは飲み会が日本の会社で半ば義務化するのはそのような総合的なコミニケーションが勤務時間中に圧倒的に不足しているからかもしれない。

 

まあ商談に限らず、本当は普段からゴルフや飲み会などしなくても雑談をしていれば相手の人となりがわかるし、様々な情報が得られるし実は損より得をするはず。さらに日本だって震災の時は被災者は見知らぬ者同士でも会話するだろうし雑談もしたのではないか? その方が合理的だからだと思う。従って私も日本人が雑談とか見知らぬ人と話す習慣をつけていくのは賛成だし必要になってきていると思う。ある意味、それは礼儀ぐらいに思って相手が異性であれ同性であれ話かけるスキルをつけていった方がいいのかもしれない。

 

よく日本の首相がサミットだのG7だのに参加しても、欧米の首脳たちからまったくカヤの外みたいな報道がされるがあれはそもそも雑談する習慣がないことが起因していないか? ああいう貴重な場で雑談から話が好転することもあるだろうしまったく雑談できないことは相当国益を損なっているのではないだろうか?

 

かくいう私も外国へ行っても「オレは外国人だし、面倒だし、いっか」と周りの人間と雑談をしていなかった。ところが、だんだん周りの雰囲気みたいなものを感じとって行くうちに「雑談をしないというのは、ある意味、失礼に近いことなのかもしれない」という結論に至ったのである。


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