タイに長期滞在していた時の話。

セブンイレブンで私はレジに並んでいた。目の前には、どうやら日本人観光客らしい奥様が二人いて商品を数点買うところだった。レジのタイ人のごく普通の女の子が普通にレジを打ち普通に袋に商品を入れていた。私の目には何の違和感もなかった。

ところが日本人の奥様が、レジの彼女を見下ろすようにして日本語で吐き捨てるようにこう言った。

 

「ほんと、可愛そうになるくらいに、おっそいわねえ」

 

もう一人の奥様もそれに同調。レジの彼女はもちろん日本語なぞわからない。が、何となく毒づかれているのは感じてはいたかもしれない。まあ、そうであったとしても彼女には知ったこっちゃない話である。

 

この出来事と私の感覚は真逆だがリンクする。

私はしばらく海外に住んでいて日本に戻ると、まずコンビニのレジ店員のスピードに驚く。これは冗談とか誇張抜きで、ビデオの四倍速再生を見ているような気分になるのだ。

なぜに皆、こんなに一生懸命にやっているのだ?

しかも二組以上並ぶと品物を並べている店員がすぐに「小走りで」かけよってきて、もう一つのレジを開けて「お待ちのお客様どうぞ!」と声をかける。他の、おそらくどんな国でも、二組しか並んでいない状態で慌てて駆け寄ってきてまで、レジを開ける店などない。

 

もう一つシンガポールでのセブン・イレブンの例をあげてみよう。

 

深夜に24時間営業のセブンイレブンに入ろうとすると入り口に鍵がかかっていて入れない。中はディスプレイやライトで煌煌と光っているのに。あれ、おかしいな思っていると、多分シンガポール人ではなく外国人の出稼ぎ労働者だと思うが、店員がやってきて無言で入り口を解錠し、何ごともなかったかのように営業を再開。

 

要するに「すき屋」と同じ、深夜のワン・パーソンのオペレーション。本当は店から離れてはいけないのだろうが私的な用事かタバコでも吸いたかったのだろう。で、勝手に店に入られ万引きされても困るから鍵をかけて外出というわけだ。ご存じのように、こんなことは日本のコンビニではあり得ない。しかも彼からはソーリーの一言なんて勿論無い。私もこの頃は慣れてしまっていて、ああ戻ってきてラッキーぐらいの気分で彼は謝罪すべきだ等という発想すら起こらない。実際そんなものだ。


一方、日本では「コンビニ店長土下座事件」とかが起きちゃっている。どう思います? この差。私は、シンガポールで店員の彼が戻ってきて何事もなく鍵を開けた時、なんか笑いがこみ上げてきた。だって滑稽なほどに二つの国のサービスが違うから。
他の国で日本ほど愚直に従順に働くサービス業の雇用者は見たことがない。でも、私は思う。これって良いことなんだろうか?

 

で、さらに「おもてなし」などという言葉がはやって日本人自身がそのようなサービスを誇りに思ったりしている。でも、考えてみたらわかる。おもてなしを受ける分にはいいが、おもてなしをする側は普通のサービスより、多くの労力を払うことになる。でも、その日本人の「おもてなし」とやらは誰に担保されているのか? サービス業第一線で働いているのは学生バイトやフリーアルバイター、主婦のパートタイマーだ。そして彼ら彼女らの多くは時給制で賃金を得ている。

 

私も勿論アルバイトしたことがあるが日本人のアルバイトは言われたことを従順にこなすし「遅い」と言われれば急ぐ。一年もやっていたら仕事も早くなって仕事を始めた頃の二倍ぐらいで仕事をさばくようになる。でもその間に時給はいくらあがるかと言えば100円とか200円あがればいい方じゃないいだろうか。日本人のほとんどの人は、こういう発想はしないかもしれないが、私だったらこう考える。一時間に二倍の仕事の量ができるようになって100円しか上がらなかったら、その人の時給は逆に下がったことになると。女性の管理職が増えない理由も同じ理屈だろう。要は中途半端な幹部になったところで自分の労働が今より安く買い叩かれるだけだからだ。

 

何を言いたいかと言えば、たぶん他の国の人達は、チップをもらえるわけでもない、歩合制でもない、能力給でもない、ましてや大した昇進があるわけでもない仕事に命をかけて働く日本人が奇異に映っていることだろうということである。もちろん観光客として来てサービスを受ける分には嬉しいだろうが、なぜあんなにも、ボスの言うことに従順で愚直に働くのかは不思議に思っているし、もちろん自分がそんな立場になりたい等とはまったく思わないだろう。

10年前の日本のレストランやコンビニを考えてみよう。この10年間に彼らの仕事がどれだけ増えただろう? 一方時給はどうだろう? 

 

他の多くの国でそうだと思うが、他人の言うことに従順な人間は、尊敬の対象にはならない。馬鹿かメンタルが弱いと思われるだけだ。サッカーの日本代表の外国人監督達が異口同音に選手に言うこととよく似ている。「メンタルが弱い、もっとずる賢くならないと」。

 

「おもてなし」という言葉を流行った時、大手のサービス業のCEO達は嬉々としたことだろう。「よっしゃこれからはおもてなしだ! 従業員に仕事させる(コキ使う)いい口実できたわ!」彼らは「おもてなし手当」なんてつける気はさらさらない。同じ時給で今までやらせていたことも減らすことはせずにさらに一時間の仕事の密度を詰めて行く。スーパーの総菜の投げ売り。パック入れ放題セールにいそしむ主婦のようにギリギリまで詰め込む。それを負担するのは誰だろう? 滝川クリステル氏が可愛らしくささやく「お・も・て・な・し」なんて言葉はサービス業で非正規で働く者にとっては悪魔の呪文のようなものだ。そこに若者は気づくべきだろう。
 

他の、たぶん殆どの国で他人に従順に従うことは美しいことでも何でもない。そんな物は家族や恋人や特別な人間のためにとっておけという話である。