歩く歩く

末永泰三のブログ。旅好きが興じ、働きつつ長期滞在し数カ国を巡った体験を基に日々の気づきを綴る

2015年02月

久しぶりにスタバに行ったら隣席で、英語の個人レッスンをやっていた。

女性二人。
20代前後の生徒の方がより米国っぽい語調で話す。教師の方は年上で英文の解釈を説明している。日本語と英語を混ぜこぜにして語りあっているので嫌でも目立って耳に入ってきてしまう。どういう契約関係になっているかは知らないが、生徒はがっつり質問して、教師の方もできる限りの知識と経験を総動員して教えている。

 

昔、英会話学校に私も行ったことはあるが、特に英語ネィティブの教師たちの質は悪かった。もともと英語教授法を学んだものなどいなくて、こんな楽な仕事で日銭をかせげる、学校側の管理も甘い、本国では考えられない。ラッキー! という彼らの心の声が聞こえてきそうだった。

この日本人の教師は、あの頃のやる気のない英語ネィティブなんかとは雲泥の差だ。今日日、英語ネィティブとコミュニケーションをとるのはネットで知り合えば無料でできる。ネィティブであること以外に何も持ってない連中が教師を名乗る英会話学校の生徒は、早くそれに気づけばいいのに。

 

それで、ふと英語に関して何か語りたくなった。で、今回は、私が考える日本人の英会話における最大の弱点は何か?というのをテーマにしたい。日本人はシャイだからとか、何とかいろいろ理由を言う人がいるとは思うが、これはあくまで私の説である。私は別に英語教師でもないし、最終学歴は今のところ高卒である。そんな程度だと思って聞いてほしいのだが……

 

では結論から、日本人の英会話能力を阻む最大のものは、Phonicsだと思う。問題は「子音」なのだ。子音を単独で聞き分けられることと、発音し分けられること。

 

Phonicsとは、A,B,Cと表記された文字のそれぞれの音を指している。A,B,Cの発音とは「エー、ビー、シー」では決してない。「エー、ビー、シー」は文字の名前だ。私が言っているのは発音記号として表記されている例のあの音である。日本語の場合、ひらがな、あ、い、う、え、お、は文字の「名前」と「発音」を兼ねている(実は全部ではないが)。そのせいか子音を聞き分けるとか発音し分けられるという重要性が、あまり認識されていない気がする。

 

日本人が英語が苦手なのはタカナ英語を使うからだなどと、日本語を話すようになった欧米人がしたり顔で言っていたりする。だが、それは、まったくの的外れな話である。「君らが日本語を勉強するのにカタカナ英語が煩わしいだけだろ?」とツッコミたくなるのであるが、カタカナ英語は二次的なものであって本質ではない。では本質とは何か?

ようするに多くの日本人にとって、「
ka,ki,ku,ke,ko」は「か、き、く、け、こ」であって、これが最小単位である点が問題なのだ。子音と母音が分かち難くくっついていて一つの音として認識されているし、聞き分けられないし発音できない(人が多い)。

 

黒板にkという文字を書かれて「これを発音してください」と言われても「え、何のこと?」って戸惑う人、多くないだろうか。そして発音したしても「か(Ka)」と言ってしまう人が多いんじゃないだろうか? 「ka」の「a」を消して完全に「kの音」だけが出てくる人案外少ないような気がする。

 

この領域の才能というのは音楽の聴音の才能とか音程やリズムをきちんとキープして歌える才能と関係が深いと思う。思うに、英会話、もしくは他の言語を話す能力というのは、多分に音楽やスポーツの才能とかぶる部分がある。日常会話では頭の中で文を作っている余裕はあまりない。条件反射に近い。どちらかと言うと英会話の能力向上は勉強というよりかはトレーニングだろう。

 

とはいえ、前述の若い女性の発音なんかを聞いていると(彼女の能力が高いだけか)かなり日本の英語教育は改善されているのかな?という感じもする。どうだろう?今はグローバル化とか、言われているから変わってきたのかな?

 

これが私の考える日本人の英会話の最大の弱点です。もし「それは違うぞ!」とか思う人がいたらぜひコメントでも書いてみて下さい。共感コメントも、もちろん歓迎。


*下は、英語フォニックス関連本





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写真:世界遺産の町ルアンプラバーンの路地。
 

その日、私はタイ・バンコクのスワンナプーム空港の一番外れにあるトイレの前の通路のすみで恥も外聞もなく床に、べったりと体を横たえて直に寝ていた。そしておそらく10分おきくらいに目の前のトイレに入り、水のような便を排出していた。そう、強烈な下痢に陥っていたのである。お尻の穴も紙で拭きすぎてヒリヒリ。体調も最悪。そして何より気を抜くと(お尻の穴の)公共の場で漏らしてしまうかもしれない恐怖。それだけは避けたかった。薬も効かないし。

 

その頃はシンガポールで働いていた。この時は休暇を利用してラオスのルアンプラバーンで観光を楽しみバンコクで飛行機を乗り換えシンガポールへ戻るスケジュールであった。本当はシンガポール行きのエアアジア便に乗るまでに半日もあったのでバンコクで街ブラするつもりだったが、そんな計画は水の泡。

原因はルアンプラバーンでの食べ物だろうか? 屋台でも焼き鳥やらスープビーフンやらバカバカ食べていた。またレストランでもサラダの野菜が活きが良くて美味しくて。しかし、まあ考えてみると野菜も有機農法だろう。だってやはり現金収入が少ない農家の人たちが、お金がかかる化学肥料なんて買わないだろうし、そうすると肥料として家畜の糞、もしかしたら人糞なんかも使っていても不思議ではない。日本だって昔は人糞使っていたわけだし。そう考えるとやはり加熱処理していないサラダは危なかったかもしれない、となどと原因を分析して悔やんでも……後のまつりだった。

 

空港のトイレの前で半日寝ても下痢は一向に治る気配はなく、やがて無情にも時間が来て体調最悪な状態でシンガポール行きエアアジア便に乗り込んだ。まだLCCなんて言葉はあまり流通していなかった頃の話でエアアジアは今ほどの知名度はなかった。私もLCCを初めて使ったのだが、チェックインカウンターで受付処理をやっていたスタッフがそのままキャビンアテンダントになるのには驚いた。そして最後の乗客が全員乗り込んだ後に、女性のCAが、飛行機のボディの一部であるあの重そうなドアを閉めようとするわけだが、立て付けが悪いのか、ぴったりはまらずロックがかからない。華奢な体を使って開けては閉めてを繰り返していた。これを見ていた乗客達も失笑。私は「やっぱり安いだけあって飛行機は古いのかな」と思ったものだ。(去年事故があったエアエアジアだが、業界内での安全性は高評価だったとの記事。↓)

 

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0K708620141229

 

しかし私はそんなことはどうでもよかった。とにかく「漏れそう」だったのだ。なんでもいいから早くシンガポールについてくれという気分だった。最近中国人の乗客がトイレではなく客席で子供に排便させてニュースになったが、それでもこれは子供の話である。この時、頭の中では「日本人乗客がフライト中に大便を漏らし機内が乗客から苦情の嵐に!」などというインターネットの記事の見出しを想像して「それだけは何としても回避せねば」と決意と肛門を引き締めた。フライト中もシートベルトのライトが消えると何度もトイレに行った。いつ何時シートベルト着用のランプがついてトイレに行けなくなるのかわからない。もよおすと同時に我慢しないですぐに行っていた。

 

ところが離陸してからしばらくたった頃、にわかにCAたちが慌ただしく通路を行き来。何やら尋常ではない雰囲気。機内では機長が英語でアナウンス。しかし雑音と機長の喋り方と自身の英語能力の未熟さで話が聞き取れず、隣の席の華人の若者に機長が何と言ったのか尋ねた。彼によればエンジントラブルで予定外の空港に着陸することになったとか。「はあ別の空港に着陸か、根本的な解決にはならないが陸地のトイレを使えるのは一時しのぎとしてはありがたいかな」などと呑気なことを考えていた。その後着陸態勢に入りシートベルト着用のサインが出てトイレには行けない状態になる。しかし、またもや便意をもよおして地獄の苦しみに。「くう。着陸まであと何分かかるんだ?」私は脳みその中で悶え苦しんでいた。と、その時だ。飛行機のエンジン音が急に聞こえなくなり機内に唐突に静けさが一瞬広がる。乗客達は、いったん息を飲んだ間がありその後「ワーオ」というどよめきが走る。明らかに「大丈夫か? これやばいんじゃないか?」と皆考えていた。皆、天井あたりに異変が起きてないかキョロキョロした。これってつまり、エンジンを使わないで、紙飛行機と原理は同じのグラインド飛行ってことか? これが体調万全だったら緊急事態で緊張も走ったのだと思うが「うんこ漏らしそう」という鼻から緊急事態を私は抱えており「もし飛行機が墜落したら、どさくさに紛れてうんこ漏らしても誰も気付かないぞ。フフフフ」などと苦しさのあまりトラブルとトラブルを合わせて相殺して解決するという不謹慎な案を思いついて心の中でほくそ笑んでいた。ほとんどドラッグで恐怖心が無くなったどこかのテロ集団の兵士みたいなものだ。

 

そんな妄想しているうちにやがて飛行機はタイ南部のどこかの空港に無事に不時着した。その時は自分がどの空港にいるかなどと確認する気にもならず、また待合ラウンジでトイレの前に陣取って時間を潰した。エアアジア側はどこかの地元の食堂から手配したっぽい、発泡スチロールに入ったタイの焼き飯を無料で乗客に配布した。さらに何時間か経過して別の代替飛行機の準備が整い我々はそれに乗ってシンガポールについた。不時着して空港についたあたりから私の下痢のピークは過ぎて体調不良ではあったものの何とか漏らさずにシンガポールの自宅にたどり着いた。

 

今、振り返ってみると、かなり深刻なトラブルだったんではないかと思う。(下痢の話じゃなくて飛行機の話)この前の事故で、そういえばそんなことがあったけと思い出した。

 

そして私はあれ以来、とにかく飛行機に乗る前も乗ってからも体調には神経を配る習慣がついた。LCCではなくレガシーキャリアに乗っても、酒がタダでおかわり自由でも一、二杯にとどめる。コーヒーではなくオレンジジュースを選ぶなどなど。飛行機と下痢この組み合わせほど最悪なものはない。

 

 

 

レインボーロール


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写真上:店で作っていた裏巻きの太巻き。
写真下:ブタペスト市内の食堂で売っていたカナッペ。



皆さんは、寿司屋へ行った時、カルフォルニアロールまたはカルフォルニアロールの類を頼むだろうか? 寿司屋へ行って周りのテーブルを見ても、カルフォルニアロールはさほど人気があるようには見えない。タッチパネルのメニューを見ても、カルフォルニアロールの類は必ず後半に出てくる。店にとって主力商品ではないということだろう。日本の寿司屋の主力商品は今も昔も握り寿しに違いない。私もカルフォルニアロールやその類は、たまにしか食べない。
 
ここで言うカルフォルニアロールの類とは、裏巻きという手法で巻かれた巻物である。知っての通り伝統的な巻き寿司は、海苔を外側にして巻く。カルフォルニアロールは逆でご飯が外側に海苔が内側に巻いてある。こういう巻き方を裏巻きと言う。このやり方だと外側のご飯にいろいろと貼り付けられるので彩り鮮やかにできるのだ。
 
私がハンガリーで調理師をやっていたときは鉄板焼きが担当だったが寿司も手伝わされた。そしてこの店の寿司の主力は握りよりカルフォルニアロールの類の巻物だった。カルフォルニアロールの様々なバージョンを想像してもらえば解りやすい。そしてこういった巻き寿司が主流なのは、ここだけではなく他のヨーロッパでも同じのようだった。なぜだろう?
 
結論から言ってしまうと、日本人より、彼らは外側の美観と華やかさ、さらに演出効果に非常に比重をかける。これは多分ハンガリー人だけでなくヨーロッパ人全体に言えることのような気がする。これが裏巻き中心の巻物が主流になる理由になっていると私は思う。
 
なぜカルフォルニアロールが西洋で産まれたか。普通の太巻きは外側が黒一色でつまらないからだろう。この店の料理長は、様々な形と色を組み合わせて新しいカルフォルニアロールの類を作ることに熱中していた。裏巻きした外側のご飯には、チリペッパー、白黒のゴマ、その他のハーブやスパイス類を散らしたり、アボガドの極薄のスライスと蒸しエビとマグロを準々に乗っけて押寿しみたいにするとか、さらにその上にマヨネーズやら照り焼きソースやらのソースを組み合わせ、トッピングでもトビッコだチャイブだとのっけて、しまいに太巻きを丸ごと天麩羅になんてこともやっていた。見た目が華やかになれば何でもありの世界であった。外見に力を入れる姿勢は、彼に限らず、他のコックもみんなそうだった。フランス料理やイタリア料理なんかで見られるように、皿の上を抽象画みたいにする。ソース、スパイスやら、薬味やらで飾りつけに熱中する様は、試合の準備と同じ比重で入場パフォーマンスにエナジーをつぎ込む昔の格闘家の須藤元気選手なみである。そもそもその料理長はオリジナルの日本料理を研究する気もリスペクトもなく、ただただ和食の形式だけをを借りて、日本料理とは似て非なるものを日々作り出していた。
 
その店では、日本とアジアの料理と銘打ってタイ料理も出していたが、多くの料理人にとってもお客さんにとっても、それが日本料理なのかタイ料理なのか中華料理なのかは、どうでもいい問題のようだった。とにかく西洋から見た東洋のエキゾッチクなムードが演出できてれば中身はどうでもいい、という感じが側から見ているとよくわかった。

そして、それに関係して、言いたいこと、むしろこっちが本題なのだが……
それは日本人自身が欧米人のエキゾッチックな日本のイメージにのっかってしまうことって、やめた方がいいんじゃないの? ってことである。

そもそも日本と中国と韓国、韓国と区別がついていない、あるいは区別などどうでもいい人たちが欧米にはその他の国々にも大勢居る。タランティーノの「キルビル」の世界みたいな物である。(布袋氏の「新仁義なき戦いのテーマ」をキルビルのオリジナルテーマだと勘違いしている奴も大いと聞いた)日本に住んでいると日本在住で日本人より日本の文化に詳しい欧米人がいたりして錯覚してしまうが、日本にも他のアジアの国にも興味も関心もない人々の方が現地には多いのだ。当然といえば当然である。
 
そのような日本の虚像を、なぜか日本人自身まで好きこのんで使うことがよくある。彼らの好きそうな、サムライ、ニンジャ、ゲイシャのイメージを使って観光誘致を行ったりすることである。これは、いつかものすごい害となって日本人に跳ね返ってくるような気が私はしている。故松田優作氏が出演した映画「ブラックレイン」に江戸時代かと見紛うようなう着物姿の百姓が一瞬出てきて驚いたことがある。れっきとした現代劇なのに。例えばそういうあやまったイメージを配信されることの害である。 
 
その店で一緒に働いていた日本人の女性の同僚は、冬でも浴衣姿で広い店内を草履で足を豆だらけにして給仕しなければならなかった。彼女は「日本人は冬に浴衣なんて着ない。冬だけでも寒くてたまらないから他のウェイトレスと同じユニホームを認めてくれ」とマネージャー達に訴えたがついぞ認められることはなかった。そして最終的に自分が単なる客寄せの見世物であることを悟り「私は見世物じゃない」と言ってやめていった。ワーキングホリデーなどで欧米の日本料理店で働く日本人女性にはこれと似たような思いをしている人も多いのではないだろうか? 
 
 
真田広之氏の話も印象的

http://www.oricon.co.jp/news/2047054/full/


 


 

 


皆さんは、旅行のさい「地球の歩き方」を使っているだろうか? そう、例の海外の観光地で日本人が立ち止まって行き先などを確認しているあれである。一方、欧米人の多くは「地球の歩き方」ではなく「Lonly Planet」で確認している。 英語圏で最も人気のある旅行ガイドブックだ。
 

「地球の歩き方」には、かなり辺境の小さな町や村への行き方まで、──もしかしたら地元民に聞くよりよっぽど正確な情報が書いてあり、「よくもまあここまで調べたなあ」といつも本当に関心してしまう。

 私も、これまで少なく見積もっても20冊以上の地球の歩き方を買ってきたと思う。ダイヤモンド社のいいお客さんかもしれない。しかし不満に思っていたこともある。ずばり、電子書籍化が遅かった。一つの国に行くにも紙の本は重い。複数の国へ行くなら尚更だ。そもそも世界一周などするバックパッカーは、全部の国の分を持ち歩けない。

 

遅いと言ったが、では何と比べているか?と言うと先ほども述べた「LonlyPlanet」である。「Lonly Planet」は何年からかは知らないが随分前から電子書籍を売っていた。

 

ところがだ。そんな風に「遅い、遅い」と思っていたら、正確にいつ始まっていたのか知らないが、去年あたりから地球の歩き方の一部の国の電子書籍版が見かけ始めた。今年、またダイヤモンド社のホームページで検索してみたらかなりの国々の電子書籍版が出ていた。やった!

 
ところでLonely Planetの電子書籍は紙の本ではできなかった「一冊の本のバラ売り」を早くからはじめていた。どういうことかと言うと、例えば、タイのチェンマイにだけ旅行するのであっても、紙の書籍だったらThailandで一冊の本を買うしかない。しかし電子書籍であれば、その中のチャプター"Chiang Mie Providence" と全般情報である"Understand Thailand &Suvaval Guide"だけ買えば、十ドル以下で済むしチェンマイしか旅行しないならそれで十分事足りる。非常に便利なシステムである。(もっとも4チャプター購入すると一冊分の値段と変わらないので普通に全チャプターが含まれている一冊を買った方が得な値段設定になっている)



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それで『地球の歩き方』も早く同じシステムを導入していてほしいなあ……と思って、さらにAmazonで検索すると「分冊」という名で紙の書籍だったら一冊分を「タイ北部」とか「タイ東北部」等と分けた形で販売していた。

もしかしたら、まだ分冊にされていない国もあるのかもしれないが、まずはユーザーとして素直に喜びたい。

2012-02-06 ブタペスト東駅





















ブタペスト・東駅

フリーライター末永泰三のブログ「歩く歩く」へようこそ。このブログではカナダ、シンガポール、ハンガリー、インドネシア、マレーシアと現地で長期滞在、仕事をしてきた私ならではの視点で、日々の気づきを話題に綴ってみたい。

 

各国の就労経験と言っても大企業の駐在とかではなく、ほとんどが現地採用である。どれも間口はそれほど狭くない仕事、土産屋の売り子、日本語教師、日本食の調理師、ラーメン屋など。とはいえ各国で市井の人々と時にはモメたり助け合ったりしながら仕事をしたことは私の貴重な財産。今の物事を見る目につながっている。

これから取り上げる話題のキーワードとしては、旅、アジア、比較文化、海外長期滞在、海外就労あたりが中心になると思うが、面白いと感じれば何でも取り上げるつもり。

様々な人々に自分の文章を面白がって頂ければ有り難き幸せ。

それでは、乞うご期待!


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