歩く歩く

末永泰三のブログ。旅好きが興じ、働きつつ長期滞在し数カ国を巡った体験を基に日々の気づきを綴る

カテゴリ:東南アジア > タイ

代々木タイフェス

*2015年代々木公園タイフェスにて。


ああ、ちょっと忙しいと思ってブログ更新を怠けていたら、いつのまにかこんなに間が空いてしまった。

週1〜2更新などと初回でうたったが、最近ちょっと忙しいので、これからは不定期にしたい。読んでくれている皆さんご勘弁を。


ところで、前回のブログで紹介した代々木のタイフェスに行ってきたので、タイフェスから感じた色々を書いてみたい。
 

まず一番目に印象に残ったのは、集客力。この手の各国フェスでは最大ではないか?

二番目は、日本人が喜んでぱくぱくタイ料理を食べていること。イベントの顔は何と言っても、東京近郊のタイ料理レストランが腕によりをかけて出している屋台だと思うが、タイ料理も日本人にこんなにも受け入れられるようになったか、と感慨深かった。

1990年代のことって皆さん覚えているだろうか? タイ料理はまだまだマイナーで「辛過ぎて食えない」とか「あのパクチーの匂いが受け付けない」等と感想を持つ人も多かった。今や激辛ファンは多いし、辛くないタイ料理があることも知られたし、パクチーも大好きなんて人も多い。それにコリアンダー(英語)という言葉ではなくてパクチー(タイ語)という言葉が定着したこともすごい。タイ料理は日本人にとって外食の選択肢の1ポジションを占めたなと実感した。

そして今年のタイフェスのテーマは「米」だそうだ。1993年には日本が米不足でタイに要請してタイ米を送ってもらったのにも関わらず、どっかの馬鹿が公園にタイ米を捨てたりしたこともあった。詳しくはwikiで1993年米騒動のページを読んでみるといい。ひどい話しだが、このフェスティバルが始まったのは、そのようなタイ米に対する無理解を払拭する目的もあったとのことだ。まあ、タイ米を日常的に口にする人は少ないにしても、今やタイ料理ファンも多いしタイへの観光客も多くフェスティバルの趣旨にそって目標は達成されたのではないだろうか。

三番目は、タイ人以外にも在住外国人達が多く集まっていたこと。来場者の三割は確実に外国人がいた、ことによったら四割いたかもしれない。で、外国人と日本人のカップルや夫婦も多かった。何か、あと半世紀たったら、日本国籍を持つ人々の外観は、極端な話、ラテンアメリカのように相当に多様化するんじゃないだろうか? 今のように東アジア的な外見の人々は少数派になったりして。


さて、今度の土日には、代々木公園でラオス・フェスティバルがある。実は東南アジアのビールの中で、私の最も好きなビールはラオスのビール「ビア・ラーオ」である。皆さんも行く機会があったらぜひビアラーオぜひ飲んでみて下さい。


 



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写真:世界遺産の町ルアンプラバーンの路地。
 

その日、私はタイ・バンコクのスワンナプーム空港の一番外れにあるトイレの前の通路のすみで恥も外聞もなく床に、べったりと体を横たえて直に寝ていた。そしておそらく10分おきくらいに目の前のトイレに入り、水のような便を排出していた。そう、強烈な下痢に陥っていたのである。お尻の穴も紙で拭きすぎてヒリヒリ。体調も最悪。そして何より気を抜くと(お尻の穴の)公共の場で漏らしてしまうかもしれない恐怖。それだけは避けたかった。薬も効かないし。

 

その頃はシンガポールで働いていた。この時は休暇を利用してラオスのルアンプラバーンで観光を楽しみバンコクで飛行機を乗り換えシンガポールへ戻るスケジュールであった。本当はシンガポール行きのエアアジア便に乗るまでに半日もあったのでバンコクで街ブラするつもりだったが、そんな計画は水の泡。

原因はルアンプラバーンでの食べ物だろうか? 屋台でも焼き鳥やらスープビーフンやらバカバカ食べていた。またレストランでもサラダの野菜が活きが良くて美味しくて。しかし、まあ考えてみると野菜も有機農法だろう。だってやはり現金収入が少ない農家の人たちが、お金がかかる化学肥料なんて買わないだろうし、そうすると肥料として家畜の糞、もしかしたら人糞なんかも使っていても不思議ではない。日本だって昔は人糞使っていたわけだし。そう考えるとやはり加熱処理していないサラダは危なかったかもしれない、となどと原因を分析して悔やんでも……後のまつりだった。

 

空港のトイレの前で半日寝ても下痢は一向に治る気配はなく、やがて無情にも時間が来て体調最悪な状態でシンガポール行きエアアジア便に乗り込んだ。まだLCCなんて言葉はあまり流通していなかった頃の話でエアアジアは今ほどの知名度はなかった。私もLCCを初めて使ったのだが、チェックインカウンターで受付処理をやっていたスタッフがそのままキャビンアテンダントになるのには驚いた。そして最後の乗客が全員乗り込んだ後に、女性のCAが、飛行機のボディの一部であるあの重そうなドアを閉めようとするわけだが、立て付けが悪いのか、ぴったりはまらずロックがかからない。華奢な体を使って開けては閉めてを繰り返していた。これを見ていた乗客達も失笑。私は「やっぱり安いだけあって飛行機は古いのかな」と思ったものだ。(去年事故があったエアエアジアだが、業界内での安全性は高評価だったとの記事。↓)

 

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0K708620141229

 

しかし私はそんなことはどうでもよかった。とにかく「漏れそう」だったのだ。なんでもいいから早くシンガポールについてくれという気分だった。最近中国人の乗客がトイレではなく客席で子供に排便させてニュースになったが、それでもこれは子供の話である。この時、頭の中では「日本人乗客がフライト中に大便を漏らし機内が乗客から苦情の嵐に!」などというインターネットの記事の見出しを想像して「それだけは何としても回避せねば」と決意と肛門を引き締めた。フライト中もシートベルトのライトが消えると何度もトイレに行った。いつ何時シートベルト着用のランプがついてトイレに行けなくなるのかわからない。もよおすと同時に我慢しないですぐに行っていた。

 

ところが離陸してからしばらくたった頃、にわかにCAたちが慌ただしく通路を行き来。何やら尋常ではない雰囲気。機内では機長が英語でアナウンス。しかし雑音と機長の喋り方と自身の英語能力の未熟さで話が聞き取れず、隣の席の華人の若者に機長が何と言ったのか尋ねた。彼によればエンジントラブルで予定外の空港に着陸することになったとか。「はあ別の空港に着陸か、根本的な解決にはならないが陸地のトイレを使えるのは一時しのぎとしてはありがたいかな」などと呑気なことを考えていた。その後着陸態勢に入りシートベルト着用のサインが出てトイレには行けない状態になる。しかし、またもや便意をもよおして地獄の苦しみに。「くう。着陸まであと何分かかるんだ?」私は脳みその中で悶え苦しんでいた。と、その時だ。飛行機のエンジン音が急に聞こえなくなり機内に唐突に静けさが一瞬広がる。乗客達は、いったん息を飲んだ間がありその後「ワーオ」というどよめきが走る。明らかに「大丈夫か? これやばいんじゃないか?」と皆考えていた。皆、天井あたりに異変が起きてないかキョロキョロした。これってつまり、エンジンを使わないで、紙飛行機と原理は同じのグラインド飛行ってことか? これが体調万全だったら緊急事態で緊張も走ったのだと思うが「うんこ漏らしそう」という鼻から緊急事態を私は抱えており「もし飛行機が墜落したら、どさくさに紛れてうんこ漏らしても誰も気付かないぞ。フフフフ」などと苦しさのあまりトラブルとトラブルを合わせて相殺して解決するという不謹慎な案を思いついて心の中でほくそ笑んでいた。ほとんどドラッグで恐怖心が無くなったどこかのテロ集団の兵士みたいなものだ。

 

そんな妄想しているうちにやがて飛行機はタイ南部のどこかの空港に無事に不時着した。その時は自分がどの空港にいるかなどと確認する気にもならず、また待合ラウンジでトイレの前に陣取って時間を潰した。エアアジア側はどこかの地元の食堂から手配したっぽい、発泡スチロールに入ったタイの焼き飯を無料で乗客に配布した。さらに何時間か経過して別の代替飛行機の準備が整い我々はそれに乗ってシンガポールについた。不時着して空港についたあたりから私の下痢のピークは過ぎて体調不良ではあったものの何とか漏らさずにシンガポールの自宅にたどり着いた。

 

今、振り返ってみると、かなり深刻なトラブルだったんではないかと思う。(下痢の話じゃなくて飛行機の話)この前の事故で、そういえばそんなことがあったけと思い出した。

 

そして私はあれ以来、とにかく飛行機に乗る前も乗ってからも体調には神経を配る習慣がついた。LCCではなくレガシーキャリアに乗っても、酒がタダでおかわり自由でも一、二杯にとどめる。コーヒーではなくオレンジジュースを選ぶなどなど。飛行機と下痢この組み合わせほど最悪なものはない。

 

 

 

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