エジプトビール
 

※エジプトのビール「ステラ」私好みの味だった。カイロには目立たないように看板も店名も出していないが時々パブがある。また酒類販売所も目立たないようにだが存在する。顧客はエジプトのキリスト教徒のコプト教の人々らしい。本文はイスラムと豚肉の話だがイスラムつながりで。

 

まったく皮肉なことではあるが例の組織のせいで、日本人が歴史上ここまでイスラム教に関心をよせたことがあっただろうか?ぐらいのレベルでイスラム教に対する認知度が上がっているのではないかと思う。私もイスラム教のことをもっと勉強しなければと思っている。そして、今、同じようなことを考える日本人は少なくないだろう。

 

ところで、ご存知の通り和食は国際的にブームで、経済が活性化しているマレーシアやインドネシアといったイスラムの国での日本料理店も増えている。私自身はマレーシアのラーメン店で働いた経験がある。今回は、そこで起こったイスラムのスタッフとの、ちょっとしたエピソードを書いてみよう。文化の違いは一筋縄ではいかないという一例だ。

 

その店はラーメン店なので当然スープの出汁をとるのもトッピングのチャーシューも豚肉だ。ご存知のように豚肉とお酒はイスラム教では御法度だ。

 

それでもスタッフはイスラム教徒(外国人)が多かった。イスラム教かどうかは面接時にチェックして「うちは豚肉を扱う店だけど大丈夫か?」ともちろん聞く。「構わない」という了承をとった上で雇い始める。

 

しかし宗教に対する熱心さには個人差がある。これがクセものだった。例えばアルコールは一切口にしない者もいれば大好きな者もいる。ラマダンをする者もいればしない者もいる。しかし私の感触によるとアルコールは飲めても豚肉はダメという人が多かった。タブーにするなら快楽的なアルコールの方が上っぽい気がするのだがアルコールよりも豚肉の方が「イケないこと」のようであった。

 

無論、豚肉に関しても個人差はある。ある者は豚肉を平気で食べる。ある者は自分が豚肉を食べさえしなければよく、手で触ることも別に気にしない。

ただし一方である割合の者はまるでアレルギーでもあるのかのように豚肉、もしくは豚肉を使ったスープさえも、触れることを忌み嫌う。できあがったラーメンを運ぶのはいいが、汁が飛び散るからだと思うが皿洗いができないなどと言う。よく日本でも留学生の多い大学の学食などはハラルコーナーを設けるようになったが、ハラルフードを出す店では豚肉を調理した器具、それをよそった食器を使用しない。使用したらそれはハラルの店とは言えない。あれは、例えて言えば、大嫌いで生理的に受け付けない異性と「間接キス」するみたいなものだからだ。いやこの表現では生優しすぎるか。彼らは礼儀として外国人に対して直接的な心境を口にしないのだろうが、察するところ彼らにとって豚肉とは「気色悪いゲテモノ食」なのだと思う。 

 

「なるほど『豚肉が汚れている』という考え方は、こう現れるのか」と、まさに身を持って理解できる体験だった。が、もちろん関心している場合ではない。ゴム手袋を使って洗うように言っても、のらりくらい皿洗いをやらずに済ませようとする。日本式に少数精鋭でやっていたので皿洗いができないスタッフを混ぜてシフトを組むのは難しい。さらには不公平だと他のスタッフとも確執が起こり険悪になる。当たり前だが宗教上のこと無理強いはできない。ましてマレーシアである。まあ、そんな出来事があって以後、当然面接時に皿を洗えるかどうか確認するようになった。

 

ところで、そもそもマレーシアでラーメンを誰が食べるのかといえば非イスラムの住民である。華人、日本人、欧米人などだ。しかしマレーシアでのマジョリティは当然イスラムのマレー人である。だから狭いマーケットで集客していたことになる。

私もこういう経験があってほんのり理解できたわけだが、このイスラムの人々の豚肉に対する生理的嫌悪感を甘く見ている日本人がフードビジネスの中でさえ多いと思う。
 
 

ゆえに、私が思うに、イスラムの国でラーメン屋をやるなら、マニアックだが豚肉を一切使わないで牛骨ラーメンとか牛筋ラーメンをやったらいいんじゃないのかなと思う。地元のマジョリティの文化とぶつかるものをビジネスでやるというのは、本当に色々な労力、つまり面倒臭い作業が必要になってくる。

というわけで、これからイスラム圏でラーメン屋をやろうと思っている方はぜひ牛骨、牛筋ラーメンで頑張ってください……。

とここまで書いて、大事なことを思い出した。
マレーシア、シンガポールあたりの華人の人たちは仏教の関係で牛肉を食べない人が多いんだった。加えてあまり日本食を食べにこないがインド系の人々も牛肉はダメである。

やっぱり鶏ガラスープのチキンラーメンで頑張ってください。